“おもてなしの心”について

ふるさと越後の“もてなし料理”から生まれた叶家の味

叶家フードシステムズ代表取締役
柳瀬 文男

生家の生糸工場で過ごした少年時代 朝飯が思い出のおふくろの味

幼年期実家は生糸工場をやっていました。昔は魚沼あたりの農家にとって、繭は貴重な現金収入。その繭を買って生糸にするのが家の商売でした。工場の敷地には寄宿舎があって、女工さんたちが何人も住み込みで働いていました。叶家の菱形のマークは、幼い頃によく目にしていた製糸工場の糸を入れる段ボールに付いていたものです。

おふくろは今も健在ですが、昔から料理好きな人です。いつも人が沢山いる家だったので、とにかく大量に作る。味噌も自分の家で作っていたし、野沢菜などの漬物も自家製でした。正月も泊まり込みの社員の人がいたのですが、ひとりひとりお膳で食べてもらうんです。正月の膳には、必ず塩引きの鮭と煮物などが載っていました。正月の餅も工場で餅つきをして、社員全員に配っていた。餅つきの時は社員の子どもたちも集まって、みんなでにぎやかに見物する。子どもたちにとっては、楽しみな年中行事のひとつでした。

思い出のおふくろの味は、やはり朝飯です。今、振り返ると、すごくいいものを朝飯で食べさせてもらっていた。納豆とか、自然薯を叩いて海苔や胡麻をかけたものとか。決して贅沢なものではないけれど、おいしくて栄養のバランスもとれている。田舎で毎日食べていた朝飯によって、自分の食に対する基本的な部分は培われたと思います。

振るまい好きの父親と母親の気配り 両親の客人を迎える姿勢から学んだもの

献残焼き茶漬け親父は客人を家に呼んで、料理や酒を振るまうのが大好きな人でした。つきあいで外で飲むと、しょっちゅう夜中に何人も人を連れて帰ってくる。でも、おふくろは文句ひとつ言わずに飲んだ後に軽く食べられるものをさっと作って、すぐにお客さんたちに出した。

そういう料理でよく出てきたのが、焼きおにぎりのお茶漬け。新潟では「けんさ焼き」といって、神様や仏様にお供えしたご飯を焼きおにぎりにする伝統食があります。普通はただ上に生姜味噌を塗るだけですが、うちのおふくろは焼き味噌を入れていた。そこに削り節、胡麻、生姜、海苔、大葉などを添えてお茶漬けにする。それを夜中の客人に振るまうわけです。この焼くというひと手間が大事なんですね。これがあるかないかで料理の味が大きく変わる。おふくろは、いつも食べる人のことをまず第一に考えていた。

叶家の料理のベースは、昔から間近で見ていた、おふくろのそういう客人をもてなす姿勢から生まれているんです。

へぎ蕎麦、越後のもてなし料理について 叶家の基本は“おもてなしの心”

越後そば(へぎそば)へぎ蕎麦に代表される越後の郷土料理は、すべて“もてなし料理”です。新潟では冠婚葬祭や年中行事の時など、人が集まると沢山酒を飲む。酒を飲んだ後に、つなぎに布海苔を入れたへぎ蕎麦が出てくる。

越後のそばは、へぎと呼ばれる木の入れ物に何人前も盛りつけられていて、皆で同じ器のそばをつつきます。一見、豪快な料理に見えますが、取りやすいようにひと口分ずつに分けられていて、細かい気配りもされている。なおかつ、布海苔が入っているので伸びにくく、つなぎに海藻が使われているので胃にももたれない。独特のつるっとした食感で、酒を飲んだ後に食べるには最適のそばです。

私が最初に入った会社のオーナーは、日本の飲食業でホスピタリティーという言葉を最初に使った人でした。ホスピタリティーを日本語に訳すと、“温かいもてなし”とか“気遣い”という意味になる。これは越後の郷土料理の根底に流れる精神とまったく同じです。叶家の基本精神は“おもてなしの心”。叶家の料理はすべて“もてなし料理”です。

叶家フードシステムズ代表取締役 柳瀬 文男プロフィール
叶家フードシステムズ代表取締役 柳瀬 文男

1951年新潟県北魚沼郡小出町(現魚沼市)生まれ。中央大学卒業。
ジローレストランシステム、(株)エスピープランを経て、(株)ニューヨークケータリングを設立。1996年越後叶家1号店出店。2001年(株)叶家フードシステムズに社名変更。
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